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ナバホ(Navajo)研究

【はじめに】
最初はアメリカの国立公園にはまった。日本にはない雄大な景色のとりこになった。何回か行くうちにモニュメントバレーが最も好きだと気づいた。何故かわからないが、あの景色は毎回感動する。
グランドキャニオンやセドナにも何回か行ったが、モニュメントバレーで感じるような感動はなくなっていった。
モニュメントバレーの景色が好きだというのはあるが、そこに住んでいるナバホ族にも惹かれていったのかもしれない。確かにグランドキャニオンはホピ族ではある。
そこで、ナバホに焦点を絞って、2023年あたりからアメリカを訪問するようになった。以下にそれをまとめてみた。

【ナバホエリア】
とにかくエリアは広いのである。アリゾナ州、ニューメキシコ州、ユタ州にまたがっている。政府はアリゾナ州のWindow Rockらしい。広さは71,000㎢とのことだが、そこは「Indian Reservation」と言われていて、他とは区切られている。部族は40万人ほどいるようだが、このエリアに住んでいるのは17万人ほどのようだ。1830年のインディアン強制移住法で、ミシシッピ以東のインディアンを、以西に強制的に移住させることを決定し、さらに1834年に居留地を設けて、そこに住ませることとなった、という歴史がある。そのため、居留地には国からの保護が受けられているようだ。
アメリカはとにかく広いのだが、左下のFlagstaffから右上のDurangoまでもかなりある。おそらく1日かけて車で走らないといけないぐらいの距離だ。日本から通うには、何回かわけて行かないといけないこととなったのである。





ゴールディングスで見つけた「Native Roads」との出会いも大きかった。ナバホに関連する道路を切り口に、道沿いの見どころを紹介している。
なかにはすでに情報が古い、もしくは場所がわからない、行っても書いていることと違うこともあったが、2005年(たぶん)に書かれたものの第三版なので仕方ないか。
ただ、読んでいるとワクワクするのは事実である。



【ナバホのデータ】
何回も行っている3つのビュートがあるビジターセンターだが、2024年12月にあらためてナバホ博物館があることに気づいた。ナバホコードトーカーなどの展示があるのだが、以前から知りたかったデータが掲載されていた!ナバホエリアには、Chaptersと呼ばれるコミュニティがあって、それぞれのコミュニティでチャプター・オフィサーを決めている。オフィサーは、コミュニティを監督(Oversee)するほか、国・州などの政府と住民サービスを行うための諸施策の調整を行うようだ。しっかりと地方自治があるようだ。他にあったデータは以下の通り(2000年の調査による)。

平均年齢:24歳、配管施設がない住居:32%、電話がない住居:60%、平均家族人数:4.36人、平均家庭収入:22,392ドル、貧困家庭割合:40%、車の数:37,008台、世帯数:37,903世帯、25歳以上で高校以上の学歴がある割合:54%、5~17歳でナバホ語が話せる割合:56%、18歳以上でナバホ語が話せる割合:83%、羊の数:143,000(農業省の推計)、山羊の数:56,000、牛の数:81,000、馬の数:35,000、放牧許可者:12,000(インディアン事務局(Bureau of indian affairs)推計)

これらのデータから多くのナバホ族は貧困で生活している。それでも私たちの生活は、先祖が住んでいたこの美しい土地に住むことによって豊かになる。我々の言語を話すことによって、伝統的な資産増加を続けることで、農業やクラフトワークや祀りをすることで。今日、現代社会のなかで、私たちは言語や伝統を強く(strong)維持していく(keep)ことを、強く(hard)取り組んでいく

と締めくくられていた。欧米人よりもかなり前から住んでいるのにもかかわらず、今ではかなり格差を感じながらも、先祖から受け継いだ数々の資産を引き継いでいくという強い意志を感じる。
とてもいいデータと言葉を見つけたものである。


【訪問場所】
エリアごとに区切って訪問したい場所をリストアップし、数回にわけて訪問した。なかには未達となったところもあるが、致し方ない。冬場は積雪があったり、ダート道であったりしたところもある。
聖なる山
San Francisco Peaks クリックすると参考サイト(以下同じ)
西の聖なる山。12,561Ft.(3,829m)カラーはYellow。
2024年9月に到達!中腹あたりにキャンプ場があるが、そこまでは道の工事中で道路Close。2本道路があったが(ダート)、どちらも途中までしか行けそうもない。
遠くから見るととても美しい山であり、特に89号南下時とサンセットクレーターを下りたところあたりからが美しい。

(左)サンセットクレーターから下りてきたところのサンフランシスコピーク。ここが最も美しいかも(2024年9月)。
(中)左と同じ場所からの撮影。前日にフラッグスタッフでかなり雪が降ったこともあり、すでに雪山。それはそれで美しい(2024年11月)。
(右)フラッグスタッフから北上する際のサンフランシスコピーク(2024年11月)


(左)山は近くよりも遠くの方が美しいのだろう。キャンプ場に行く道の途中で見えた山。近づけば近づくほど見えなくなる、当たり前ではあるが(2024年9月)。
(中)フラッグスタッフに帰るときに右手に見えるサンフランシスコピークはとても美しい。車で走りながら撮影(2024年11月)。
(右)サンフランシスコピークは多くの伝統的な故郷をに囲まれている。ナバホの方はいろんなことを考えるものだ(サンセットクレーター近くの案内板から)。


(左)グランドキャニオンから65号を東に行き89号とのジャンクション手前から。ここからは何も遮るものがなく見ることができた。とても美しい!(2024年2月)
(中)KayentaからTuba Cityに向かう160号沿いからも遠くに見える。冬で空気が澄み切っていたからだろう(2024年2月)。
(右)89号の南下途中。Wupatkiに左折する前ぐらいから美しく見えてくる(2024年9月)。


Mt. Blanca
東の聖なる山。14,291Ft.(4,356m)。カラーはWhite。
2024年9月に到達!さすがに東はラスベガス起点では遠いので、コロラド州デンバーを起点にした。
Blancaの街から正面に見れる。さすがに美しい。Blancaの街はナバホの方々が住んでいると思うが、あまり店がない、ガソリンスタンドもなかった。
近くにGreat Sand Dunesがあり、行きたかったが時間なくPass。次回行くときはじっくり時間とって行きたいものである。

(左)デンバーから南下しWestcliffeという街に泊まったが、この一軒家のホテルが最高。朝起きるとこんな景色が広がっていた。9月というのにもう雪!コロラドは寒いらしい。
(中)Blancaの街からみるブランカ山。ほぼ正面に見えて、この山をみながら街づくりする気持ちはよくわかる。区画整理がされていて整然とした街だ。
(右)Blancaから西に回り込んだところに山の紹介ボードがあった。こちらからも美しい。この山はおそらく登れないと思われる。


Mt. Hesperus
北の聖なる山。13,232Ft.(4,033m)。カラーはBlack。
2024年2月に下見を行い、9月に本格的にチャレンジ。モニュメントバレーから移動しふもとのMancosでとてもいいモーテルで宿泊。
満を持して朝からグーグルマップで検索し、近くの山まで行こうとする。すると2月の下見とは違う道で案内があり、Mancosから東に回り北上する道だった。途中から当然ダート道。
気にせずに進んでいたが、かなり上がってきたところで、モトクロスをやるような道になり、ゴツゴツ石が道にでてきた。現にモトクロス2人組が上から降りてきた。
ある程度行くものの、そろそろ限界と感じ引き返す。一度、Mancosに戻り、2月と同じコースで挑戦。すると、ほぼ舗装道で、一番上にキャンプ場があった。
それより上は車は入れないが、バイクなら行ける道はあった。ただ、へスぺラス山を見渡せる展望台があり、そこに4つの聖なる山の説明があった。sacredという言葉がよく使われている。

(左)最初に行った道。これより進んでいくと、ゴツゴツ石になってくる。
(中)展望台からのへスぺラス山。逆光になってしまったが、とにかく美しい。
(右)Mancosの街に入るところからも美しく見える。Mancos市内では、手前の山があって、頂上しか見えなかった。この後、メサベルデ国立公園にも行けたし、大満足。


Mt. Taylor
南の聖なる山。11,302Ft.(3,445m)。カラーはTurquoise(トルコ色・ターコイズ(明るい青緑色)。
ギャロップ方面からI40を東に行き、Grantsで547号に入りテイラー山を目指すが、途中からかなりの山道になる。グーグルマップではあと5マイルのところで道の雪を除雪しておらず断念。
そのかわりI40から見るテイラー山は格別に美しかった。

(左)Grantsから547号を北上していくと最後はこんな感じ、グーグルでは後5マイルほどだったが、さすがに諦めた。
(中)アルバカーキからギャロップに向かう途中のLagunaあたりから。このあたりからが一番美しい。
(右)MilanからBluewaterにかけてのテイラー山。Grantsあたりはメサに隠れて見えない。

Navajo Mountain
東西南北ではないが、ペイジの東にそびえる美しい山。10,416feet(3,177m)。
とても強いスピリチュアルな場所で、ナバホ族はHead of earthと言っている。
2024年9月訪問。Pageから98号線を南下すると美しく見える。Kaibitoの街からも美しい。近くの街のRainbou cityはナバホ族の街のようであった。
その街の学校(おそらく高校)を左手に見ながら進むとダート道になるが、そこをずっと行けば、山の中腹あたりに行けると思われる(行かなかったが)。

ここからさらなるナバホの聖地の「Rainbow Bridge」に行ける。
85mの長さで94mの高さがあり、世界で一番大きい自然の橋である。太陽への道。ナバホ山から少し行くと、トレイル口があってそこに車を置いて延々と歩かなければならない。
以下のページでは16マイル歩くとある。
https://www.visitutah.com/Articles/guide-to-hiking-rainbow-bridge-national-monument

それ以外にはペイジからボートで行く方法もあるだろう。
いずれにしても、グレン・キャニオンは来るまではかなり行きにくい。
2024年9月の第2弾でTorrey⇒Escalanteから、ダート道を行ってPeak-a-Boo-slot Canyonを目指したが、無理だった。ダート道がかなり長いことや、途中からかなりの悪路になる。
また、いつぞの災害で何名かが亡くなったという碑があったりと、この碑はこれ以上、行くなということかとも思えてくる。
それではかなり進んでいると、前に車が止まっていて、おじさん二人が段差をなくすための作業をしていた。背の高い車だったので不安だったのだろう。
少し手伝ったが、これ以上いくのもどうかと思い、そこで引き返した。後で見てみると、おそらくボートで行かない行けないぐらいの場所らしい。
でも、その道をずっと行けば、何かがあったのかもしれない。Escalanteに2泊して、1日それに使うぐらいの覚悟でなければ、行けないと思われる。4WDも必須だろう。


(左)ナバホ山に向かう16号で最も美しいと思ったアングルから。 (中)ナバホ山のふもとの街であるレインボー・シティから。毎日、こんな景色でうらやましい。
(右)160号からエレファント・フットを越えて、6331号に入り北上してペイジに向かう98号にぶつかるが、その途中のKaibitoという街から見るナバホ山は最高に美しいと思う。
2月だったから余計に美しいのかもしれない。


Flagstaff
ここは以前からよく通るところでまさに交通の要衝である。しかし、泊まったことがなかったので、いつかは泊まりたいと思っていた。
2024年11月にようやく泊まることができたが、とにかく寒いところだ。11月なのに雪がかなり降ってきて、朝起きたら真っ白だったのはびびった。
周辺にはとても遺跡が多い。サンフランシスコピークのほか、ウパトキはじめナバホ系の公園が多い。2泊してじっくりと回ることができた。いい街である。

【フラッグスタッフの北側】
Sunset Crater(P27)【2024年9月訪問】上るのが禁止されているのが痛いところであるが、月の山のような雰囲気で一見の価値あり。「ナバホ系公園」
Bonito Lava Flow(P29)【2024年9月訪問】月面のような場所である。サンセット・クレーターのすぐそば。サンセットクレーターが月面のような砂地なので、それと同じ土壌である。散策もできるようだ。「ナバホ系公園」
Wupatki Pueblo(P30)【2024年9月訪問】
こんなに素晴らしい遺跡があったのか!と感動。ホピ族の家や集合住宅であり、1100から1210年あたりの遺跡。集合住宅はとにかく大きくて立派であった。
いくつかのサイトがあるが、ビジターセンター裏側の遺跡が特に大きくて、見ごたえある。「ナバホ系公園」
Sinagua trading post(P33)【2024年9月訪問】ここはこれであっているのか、という場所。立入禁止エリアになっていてダート道で周りが林のような森のようなところ。PageとFlagstaffを結ぶ89号線沿い。
Antelope Hill(P33), Painted Faces(P34):木の幹に3つの顔が書かれているのだが、場所が不明。

【フラッグスタッフの東側】
Two Guns(P277)
【2024年11月訪問】
ナバホ族が必ず立ち寄った重要な場所である(写真あり)。
I40から「Two Guns」という降り口がある。グーグルで見ていたときから廃墟であったが、昔はガソリンスタンドがあったようだが、それは廃墟。
奥にナバホ族の売店の跡と、なぜかプールのようなものがあった。街にもなっておらず、立ち寄って休憩するだけの場所のようだ。バスかキャンピングカーのような車がとまっていた。

Canyon Diablo(P275)
【2024年11月訪問】
金があるかもと言われていたところ。鉄道会社が150mの鉄橋をかけた(高さ77m)(当時の写真あり)。
Two Gunsからダート道を牛の放牧を見ながら北に進むと線路にぶつかる。長い貨物列車がなぜか停車していた。最初鉄橋が見当たらなかったが、線路沿いに西に進むと見えてきた。
ちょうど、おじさんも車で後を追ってきていて、「写真撮りに来たのか!?」と嬉しそうに言われた。鉄橋はなかなかの迫力。高さがあり、下のほうには昔作った何かの跡のようなものがあった。
ちょうど貨物列車が通っていたので、鉄橋を渡る列車を見ることができてタイミングよかった。そのあと、特急列車のようなものも通っていたので、ひんぱんに往来があるのだろう。
なかなか感動した場所であった。


(左)Two Gunsのある種、芸術性が高い作品!?プールの跡のように思えたが、昔、ここに何があったのだろうか。これ以外には売店跡、ガソリンスタンド跡、何かの塔跡があった。
(中)最初は道がわからなかったが、何とか場所を特定でき感動。こんな立派な鉄橋を近くで見るのもいいものである。高さも77mとかなりあるので迫力もある。
(右)ちょうど貨物列車が通っていたので、運転手に手を振っておいた。それ以外でも旅客用の特急もこの後、通っていたので往来は激しいのだろう。鉄道ファンにはたまらない場所だ。


Grand Falls(記載なし)
【2024年11月訪問】
ナイアガラ的な滝と何かのガイドに記載されていた。リトルコロラドの掲示板でも記載されていて、いつかは行きたいと思っていたところである。
Winonaという街でI40を下りて15号線をしばらく北上して、ダート道の70号線を左折してまっすぐ。70号線は、まさにGrand Falls通りなので、そのままである。
ダート道といっても広くて整備されているので、100㎞近く出すことができる道だ。
残念ながら、Grand Fallsの展望台への道は閉鎖されていたが、川を渡って反対側に行くと、綺麗に滝が見れた。
何かのガイドブックの写真では、ナイアガラのようだったが、水が少ないのかちょろちょろと流れているぐらいであった。確かに水量が多ければ、かなり美しく見れるだろう。

Roden Crater(記載なし)
【2024年11月訪問】
Grand Fallsの近くにあったので行ってみたかったところ。5358Feet(1600m)の山なので、まずまず高い。
Grand Fallsの帰りに70号線から西のかなり細いダート道に入りしばらく行っていたが、道がなくなっていたので断念。そこから見れるCraterだろうと思われる写真を撮って退散。
あやうく道に迷うか、ドツボにはいりそうな場所であった。ナバホと思われる人たちが住んでいる場所なので大丈夫とは思うが、荒野になるので不安になる場所であった。

(左)Grand Fallsの入口なのだが、閉鎖になっていて「おいおい」って感じ。でもこの先に行くと見れる場所があった。川を越えていくところだ。
(中)川を超えてこっちから見た方が美しく見れるのではないかと思う。ただ、水の量が少なすぎて「ナイアガラ」とはとても言えない感じ。水が多ければこっち側にこれないかもしれないけど。
(右)Roden Craterでグーグルで検索すると、この先の道を指定されたが、すでに道がない。正面がそうだと推定することにした。このあたりも縦横無尽にダート道があり、危うく迷うところだった。


Walnut Canyon Nationl Monument(P279)
【2024年11月訪問】
インディアン関係の遺跡はとても綺麗に整備されている。ここもそうだ。ビジターセンターもしっかり完備されているし、案内板がとても多くてわかりやすかった。
1915年に制定されているから歴史は古いのだろうが、看板はとても新しかった。2つのトレイルがあってどちらも制覇。住居跡がたくさんあって、こんなところに住んでいたのかと感動。
ホピ族らしいが、ここは永住の地ではなく、しばらく住んでから、違うところに移り住んだそうだ。ただ、この地を捨てたのではない、と最後に締めくくられていた。「ナバホ系公園」


Page・Tuba City
ペイジもツバシティもよく通る街である。ペイジには家族で泊まったことがあるし、グレンキャニオンダムなどもあってとても雰囲気が好きな場所である。とにかく緑があって美しい。
ツバシティはさすがにケイエンタに近いこともあって泊まることはなかったが、ここも恐竜の化石を含めて、歴史ある街のように本には書いていた。
なんでもツバシティのことを考えると興奮するなどと本のまえがきに書いていたのが印象的である。なので、ナバホ研究でも泊まろうと計画したが、ルートなどの関係で泊まれなかった。
このあたりはホピ族系ということもあるのかもしれない。ツバシティの160号沿いのモーテルもホピの名前がついている。街を一周したが、道路が荒れて少し寂しい感じはした。


Blue Canyon(P125)
【2024年9月訪問】
Tuba cityとKayentaの中間ぐらいに、● Butteというかわいらしい岩がある。その近くから、南にダート道を入っていく。比較的走りやすいダート道なので、人通りは多いのだろう。
とにかくずっと奥に進んでいくが、荒野が終わったと思ったら、急な崖になり、川を横切ったりと、メサの切れ目なのだろうが、かなり奥地に来たという感覚を受ける。
ブルーが非常に美しいと本にあったが、確かにブルーの岩はあるのだが、本に掲載されていたビュートはなかった。石炭採掘跡地などもあると書いてあったが、そのような場所はわからなかった。
メサから急な崖を下りて、崖沿いをしばらく行くと、川を渡るところがある。その川をすぎると次のメサに向かう感じになっており、あまり何もなさそうなのでそこで引き返した。

(左)160号を通るとTuba cityまで行くまでにいつも和まされる。この岩もかなりの芸術性が高いと思う。Elephant feetという名前がナバホ地図のなかにちゃんと書いている。
(中)確かに青っぽい岩ではある。そのような地層になっているのか。(右)川を越えてまたメサを登っていく感じだったので、ここでやめといた。少し道が細くなっていることもあるが。

Big Mountain(P127)
【2024年9月訪問】
以前にスタックした場所の近く。41号線をしばらく行き、ダート道になってから、南の方に向かう。そして、さらに分岐していき細いダート道になる。
一度、太くなったと思ったら、グーグルはもうあまり使っていないようなダート道を行け、という。あきらかにおかしいと思いながら進むが、かなりやばくなってきて、最後は川に阻まれる。
牛か羊を飼っているのか、犬がたくさんいて、かなり吠えられた。車もスタックしそうだったので、そこで引き返す。いずれにしても山のようなものは見当たらず、平地が続く感じだった。
とにかく、このあたりでナバホとホピの居住地に関する争いがあったということだろう。

(左)グーグルではこの先数マイルになっていたが、川越えに段差があり、車では無理だったので、ここで断念。ワンちゃんがたくさんいた。
(中)車はここで断念。この道、かなり昔に使っていたようだが、最近では使った形跡がない。そんな道は、危ないあぶない。
(右)少し道を戻ると、このような幹線っぽい道になる。この道は知らなかったが、どこに行くのだろうか。縦横無尽に走っていてインディアン地図にも掲載されていない道もかなり多いと感じる。

Pasture Canyon(P157)
【2024年9月訪問】
モルモンが隠れていたようだが、今はのどかな貯水池になっている。鳥が優雅に泳いでいた。
Tuba City看板の手前の道を右折(Kayentaから)。160号から中に入ると、Pasture Canyonの少し古ぼけた看板あり。

Red lake(P160)
【2024年9月訪問】
Trading postがあったところ。Tonaleaで知られているがナバホ語のtonteelに似ているから。今は小さい湖と本にはあった。グーグルで行ったが、工場の跡、もしくはグランドみたいになっている。


(左)Pasture Canyonへの入口。左に古い案内板がある。(中)のどかな貯水池。池の上に民間がいくつかあった。
(右)Red lakeあたり。この塔の裏とグーグルに指定されたが、工場の跡か、グランド(ほぼ空地っぽい)のようなところであった。

Kayenta
ナバホ語ではTodineeshzheeで意味はWater spreading out like fingersである。
石炭とモニュメントバレー観光で発展した。インディアン居住区にある唯一の政府で売上税を課し住民のために歳出している。


Agathla Peak & Owl Rock(P175)
初めて来たときから「ウェルカムゲート」と勝手に言っていたところである。アガスラ峰(Agathla Peak)は見ただけで、神々しさがあるし、Owl Rockはまさにフクロウのようで可愛さを感じる。
こんな二つの岩の間を通っていくモニュメントバレーとは、ほんとに芸術性が高い場所なのだろうと思う。こんなにうまく岩が2つ並んで、しかも、その間に道があるなんて、素晴らしすぎる。
Kayentaの街を過ぎて、この岩々が見えた途端にテンションが爆上がりするものだ。で、恥ずかしながら、岩の名前は、この本で知ったのだ。もっと早く調べなければならなかった。
アガスラ峰は、 世界の中心。ナバホ語でAghaalaでMuch wool(多い羽毛)と呼ばれる。438m(標高2,164m)だが、もっと高く見える。
ナバホ族が長い距離を移動してこのピークの下に居住を持った。Agathla峰の奥さんであるOwl Rockが近いためここに居住した。Antelope(レイヨウ)がたくさんいて蛇が食べた後にふさふさした毛皮をこのあたりに捨てていたため「Much Wool」という名前になったらしい。その後、Kit Carsonという人が「威厳のある存在感(Commanding presence)」ということで「El Capitan」と言ったという。
太陽から人々を助けたという逸話もあるようだ。
Owl Rock は、243mあり(標高1,996m)、一枚岩でできておりフクロウのように見える。

Black Mesa(P166)
Black mesaは広大な陸地でナバホの20%が受け入れられ(embracing)高さが2,502mある。このあたりで石炭が取れて、鉄道で大量を運んでいるが、ホピ族はあまりよく思っていない。
と、本では説明があるが、このメサにはやっぱり2023年3月のスタックの思い出だろう。Kayentaから見ていると、少し黒くて大きなメサなのだが、ここを越えようと思うと大変なんだろう。
あのスタックから、メサに敏感になったのか、ドライブしていても、メサの上と下を意識したり、どこまで伸びているのかと気になったりするようになった。それも教訓か。
確かに、スタックで下りようとしたラフロックまでの道もすごいし、160号から南進ときの41号もメサをあがるときはかなり急である。上にあがってからも、うねりはかなりあるので、大きいのだろう。
Kayentaの南からラフロックを越えて、チンリーあたりまでいっているのかもしれないが、メサなので、大きな地層のうねりの中であるものだから、どこまでとはわかりにくいのだろう。
それにしても、広大な大地に、巨大なものを作ったものだ。これも含めて、このあたりの地形は興味が高まるものだ。

Navajo National Monument(P163)
【2024年9月訪問】3つのトレイルをすべて制覇!「ナバホ系公園」

Red Rock(P194)
【2024年9月訪問】
信じられないほどの赤い岩。135-180m年前のものらしい。
以前から160号を通るときに気になっていたところではある。160号の少し北に、信じられないほどとはわからないが、赤い岩がある。それはそれでとても美しい。
2024年2月に通ったときは、新しい住宅街に気づいたが、9月にそこに入ってみた。かなり新しい住居のようで、おそらく国などの補助でナバホのために建てたものだろう。
大きな家がたくさんあったので、うらやましいものである。近くにhァメディカルセンターがあって、その施設もかなり大きくて綺麗惣だった。

Mexican Water(P193)
【2024年9月訪問】
メキシコ人が浅い井戸を掘ったところ。Walker Creek橋ができてモルモン道路(1879)が終わった、とある。
行ってみるとガソリンスタンドがあって、その向かい側に、おそらく1世帯だと思うが民間がある。井戸っぽいものもあったが、本に書いていたものなのかはわからない。
いずれにしても、昔、ここで井戸を掘り、水が取れたこともあり拠点となり、現在のガソリンスタンドと民家につながっているのだろう。


(左)レッド・ロックのナバホ族Utility Authority。公共生活に関する役所なのだろう。191号を南下して行ったが、この役所の手前に教会もあった。
(中)191号を南下すると左手にメサが見えてくる。真っ赤と本には記載があったが、昼間ということもあってさほど真っ赤ではなかったが、雰囲気はあった。メサの近くに居住したのだろう。
160号とのJCT付近にメディカルセンターがあって、その奥には真新しい住宅街があった。大きな家ばかりで圧倒されたが、国からの補助などが入っているだろうと思ってしまった。
(右)メキシカン・ウォーター。水を掘ったような跡っぽいものはあったが、160号沿いにガソリンスタンドがあって、その向かいに住宅が1~2軒ほどあるぐらい。中まで入りずらいく柵越しで見学。


Tsegi Canyon(P167)
【2024年9月訪問】
ナバホ語でCanyonの意味。Anasazi innは信じられない場所にある、と本にはあった。
9月に訪問というか、いつも通っているところであり、innの看板は気になっていたものではある。Anasazi innは残念ながら廃墟。キャニオンはかなり美しかった。
崖近くまで部屋があったようなので、この部屋から見るキャニオンは格別だったのだろう。近くにモニュメントバレーやKayentaがあれば、確かにそっちに泊まるわな・・・。

(左)160号沿いによく見ていた看板である。確か最初に来ていたときは営業していたように思われるが、いつからか残念ながら廃業になってしまったのだろう。
(中)ここがおそらくベランダだったのだろうが、いい眺めだったのだろう。(右)キャニオンはこんな感じ。水が少ないこともあまりよくなかったか。

それ以外には以下の記載があったが、いつも通ってみている風景なのだろう。どこと特定することは難しいが、かなり広範にわたっているのだろう。
Church Rock :ピンク、ライトオレンジ、グレーなど色鮮やか。(P191)
Comb Ridge :世界最大級の単斜山。ナバホ族は世界の背骨と考えている⇒Navajo EyesのStop5で詳しく記載あり(P191)
Carrizo Mountains :ナバホ語でDzil Nahooziliiで手探りの山や円形の山と呼ばれている。ウランが取れる。(P197)


Gallop
2023年11月にアルバカーキでロストバッゲージになり、ここで下着などを買った時から気になっていた場所である。人口規模もこのあたりでは大きい。
下着を買ったのは、韓国人が経営している店で、2024年11月にも行ったが、大谷翔平のパーカーの写真撮っていると、ご主人に注意されてしまった。同業者と思ったのかもしれない。
日本からの観光客で去年も買ったよ、などと話していると少しは打ち解けてくれたのかも。黄色の蛍光色のパーカーを買ってあげた。次回も行きたいところである。

El Rancho Hotel(P258)
【2024年11月訪問】
国の歴史的場所(文化財)になっている。1936年に映画撮影所で作られたようで、その後、ホテルを作ったり閉館があったりと変遷があって今に至る。
泊まったがフロントも売店の方もとてもいい人の感じ。売店は種類が多くて、ギャロップだけのお土産も多かった。売店の方はナバホ族の方で、ナバホのマークのマグネットを進められて購入。
本館はとても歴史を感じる。そこの2階の部屋と言われたが、モーテル型もあったので、そちらにした。部屋はルート66一色だが、とてもシックで落ち着ける。


外観がなかなかなのである。交差点近くで交通量が多く人の出入りも多そうだ。ロビーもシックな感じで暖炉があったりとゆったりできそう。フロントの人がとにかく人がいい!
モーテルタイプの部屋はとにかくルート66一色。年代物のレコードがあったり、ルート66の大きな写真があったり、マグカップがあったり。いい空間であった。

Painted Desert(P60)
【2024年11月訪問】
化石の森国立公園のなかにある。I40を下りて北に行けばすぐに入口がある。745に到着したが、8時まで開門せず、しばらく待機。
チケットを買わなければならなかったが(25ドル)仕方ない。パークレンジャーのお兄さん、とても陽気でいろいろと話しかけてくれた。昨日まで雪ですごかったよ、と言っていた。
フラッグスタッフもすごかったよ、と応えといた。ゲートからすぐにペインテッド・デザートが見えてくる。確かにとても面白い色の地層が重なっているところだ。
以前に両親と家族と来たことがあるハズなのだが、あまり記憶がない。化石の森の木のほうが印象に残っているからか。宇宙的な景色を堪能した。
本によると、Flagstaffあたりから、160号ぐらいまで、このような感じの地層が続いているとのことであった。

Navajo(P261)
【2024年11月訪問】
町の名前がこの名前なら立ち寄らなくてはならない!アリゾナ州の街であり、アリゾナを新しいテリトリーにすると宣誓した場所だから、歴史上はとても重要な場所である。
I40沿いにかなり大きなガソリンスタンドがあり、そのなかにはNavajo旅行センターがあるとは書いてあった。民家もあったが、5~6軒程度であった。
ここに来る前にもHolbrookあたりだろうか、Navajo通りへの出口というものもあった。ナバホの方々はI40沿いにかなりの方が住んでいるのかもしれない。
ペインテッド・デザートからI40を20分ほど東に行けば到着。


(左)ペインテッド・デザートの売店(早くて閉まっていたが)。ビジターセンターは入口のすぐ横にある。(中)確かに圧巻の景色ではある。
(右)ナバホという街。といっても、重機の会社とガソリンスタンドと家が5~6軒ほどあるのみであった。ガソリンスタンドのなかには、ナバホ・トラベルセンターがあるようだ。


Chinle
チンリーも昔、両親と家族で行ったところであるし、最近ではここのナバホ警察の方にブラック・メサ越えのスタックのときに大変お世話になった。寂しさを感じるが好きな街ではある。
2024年11月に以下に行こうと計画していたが、フラッグスタッフ近くのウォルナット・キャニオンで、ナバホ族関連公園マップでチャコ・カルチャーがあるのを知って、そっちに行くことにした。
よって、以下の遺跡などは2024年12月に訪問しようと思っていたが、ゴールディングスから遠いし、1日で回るのも困難だし、最後でゆっくりしたかったので、やめた。
以下の遺跡は退職後かいつになるかわからないけど、次回のお楽しみということで取っておこう。ラスベガスからフラッグスタッフ経由で、ギャロップのEl Rancho Hotel
にゆっくり泊まって回るのがいいだろう。


【Kayentaから来る北側 191号線】
Rock point(P201) 赤い岩の国でChuska Mountainsになる。ある旅行者はこのあたりで最も美しいと言った
Round Rock(P201) ナバホ族初代会長のChee Dodgeが1880年代に保有していた
Many farms(P210) 400の小さい農家ある。Innもあるようだが、グーグルではない。高校近くか。

【64号線沿い】
Antelope Turnoff(P223) 64号線沿い。693年に住んでいた住居。下から15mの高さにある。
Mummy Cave(P224) 1880年に2体のミイラが発見された。300-1300年に居住していたと考えられる。
Massacre Cave(P225)1805年にスペインによりナバホ族が100名ほど殺害され、そのため逃げていた場所。
Tsaile Lake(P227) ダート道を行き釣り場などある。Canyon del Muertoの源の水。Tsaile Butteが美しい。

【12号線沿い】
Tsaile Butte(P230) Tsezhien Ditsで知られ、ハーブを集めるために薬剤師がよく訪れる
Chuska Mountains(P230) 南下時に左手に見える。chooshgaiiは白いトウヒとモミと言われる。Yoo tzillは価値のある品物である。
Sonsela Butte(P231) 道の両側から見える。
The Beast(P233) Pine forestの裏にあり、Frog Rockあり(写真あり)
Navajo(記載なし)という町があるので必ず寄ること
Window Rock(P238) Navajo Trival Park and Veterans Memorial 写真では大きな岩。

【491号北上】
Bennrtt Peak(P247) Ford Butte 道の両側にある
Sanostee(P247) ナバホ族のチーフだったNarbonaの生誕地(birthplace and traditional home)
Beautiful Mountain(P247) 35人のナバホ族が隠れていた

【Canyon de Chelly周辺】 ⇒ここは以前に行ったからPassでもいいか。
(P216)1931年にナショナルモニュメントになったが、ナバホ族が所有を主張。ビジターセンターには民族や地質に関する情報がある。
(P214)ChellyがShayと呼ぶのはスペイン語のミス発音による。Tseyiの意味は、Rock Canyon。BC2000から人が居住。
Spider Rock(P220)244mの高さを誇る。Tse Na ashje iiで、キャニオンデシェイの中心。


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