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腹痛の中国編 〜天津・北京〜


【感想】
この旅行はたまりませんでした。4人全員が倒れるという、まれに見る最悪の旅行。今、写真を見ても、吐き気がするぐらいトラウマになっ
ています。だから、感想も3行で終わり・・・。


【旅程】
1998年7月30日
関西国際空港⇒(ANA)⇒天津空港⇒天津市内観光
7月31日
天津⇒(列車)⇒北京:天安門広場、故宮観光
8月1日
北京:万里の長女、明の十三陵、京劇観光
8月2日
北京⇒関西国際空港


写真紹介
北京の天安門関係の写真は「綿が舞うたく州・北京、自転車疾走編」で!

 
まずは天津到着!
関西国際空港から天津空港に向かうB767の乗客は数えるほどしかいない!ほとんどフライトアテンダントがマンツーマンでお相手してくれ
る。そんな状況をガイドさんに説明すると、「この間なんか客は8人だったわよ。」 確か今は関空ー天津線はなくなったような・・・。まー
そんなこんなで天津到着。
(左)ここは中心部と思われるところ。
  
(左)二人乗りの人力車タクシー。かなり暑かったし疲れたので、このにーちゃんの人力車タクシーに乗った。かなりつらそうだったが、がんばれ
〜と声をかけると、笑う余裕もあるようだ。15分ぐらいの快適な移動だったが、わずか2,3元の料金だった。
(右)天津の証券会社。中はかなりの人がいた。投機ブームか!?


 
パックツアーということもあり、この列車では軟座に座った。日本でいえばグリーン車だ。あまり人もいなかったし、社内は綺麗だしかなり快適
であった。途中、中国でも田舎の風景を見ることができ、かなり感動的な移動となった。
天津は今は亡き祖父が昔工場をやっていた。なるべく天津の写真を沢山撮って祖父に見せてあげたが、いかんせん時代がかわり、市域も
広すぎて、撮った場所はまったくわかってもらえなかったのは残念であった。



ホテルの周りはまだ開発中であり、ところどころに古い町並みが残っていた。こんな路地の向こう側には何人か人が住んでいる。昔ながらの
生活を少し見ることができた。これが今はやりの「胡同」というのかは定かではない。


 
(左)北京から北上したところにある万里の長城(八達嶺)。ついに憧れの万里の長城なのだが、この時点で2泊目、このときすでに俺の
腹痛は始まっていた。この写真を撮ったときは、上を歩くかどうかかなり悩んでいたところだ。

(右)ここまで来たからにはやっぱり歩かねば絶対後悔する、と思い、ひとつめの砦まで行くこととした。あそこぐらいまでなら、と思っていたが、
かなり急な道であり、途中来るんじゃなかったと後悔してしまった。2つめの砦まで行こうと思えば、かなりの急坂になるんだろうな〜。この時
の体調では無理でした。



これはかなり迫力があり、面白かった。これは西遊記だったと思うが、躍動感といい、テンポといい、絶妙である。腹痛をおしてまで見たかい
があった。しかし、同行者は京劇が始まる前に私と同じく腹痛で倒れホテル直行となった。この京劇を見れなかったのはかなりもったいないこ
とをした奴だ。


 
(左)これが北京ダック!美味しくてかなりの量を食べた。しかし・・・このあたりからお腹の調子が悪くなり始めた。北京ダックが悪かったので
はないが、それまでの料理の中で水滴がついていたものがいくつかあり、それが原因だと思っている。だから今でも北京ダックを見ると、なぜか
お腹が痛くなってくる。このコメントを書いている間も何か調子が悪くなってきたぞ。完全にトラウマだ!

(右)手前がサソリ、その向こうがバッタ、その向こうは何か忘れた。サソリは栄養分がかなりあるらしいが、どうもこの形を見ただけで気持ち
悪くなる。しかもこの時はすでに腹痛時、もう勘弁してくれ〜、という心境であった。私を含めて4人全員正体不明の腹痛に悩まされたこの
旅にふさわしい写真で締めくくりたいと思う。

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