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アメリカ・カナダ編

アメリカは最高である、しかし、ドライブせずしてアメリカ旅行するなどはもったいなさすぎる。あの広大なアメリカ大陸を、自らドライブして突っ走る快感はたまらない。車大国アメリカ、そして広大な面積を持ち、広大な観光資源を持つアメリカ、やっぱりすごいぞアメリカ!

今までのアメリカドライブ暦は6回(ハワイ除く)となり、アメリカでの総走行距離が20,000Kmを越えた。アメリカでの運転にも慣れてきたものだと思う。大都会のロサンゼルスやサンフランシスコでも走ったが、やっぱりグランドサークルなどの雄大な景色を楽しめる田舎道を運転するほうが気持ちいいものだ。まだまだ行くぞ!アメリカ!

【旅行記など】
1997年7月 アメリカ南部ドライブ編
ニューオーリンズからフロリダキーウェストまで、初のドライブ旅行。これまではハワイでしか車を運転していなかったんで、長距離に挑戦!ということで喜び勇んで運転したものの、数々の失敗が・・・。しかし、ニューオーリンズではジャズを楽しみ、ケネディ宇宙センターでスペースシャトルの発射台に興奮し、キーウェストではヘミングウェイを偲ぶことができ感激。
1998年9月 グランドサークルドライブ編
フロリダドライブの失敗に懲りず、2年連続のアメリカでのドライブ。ラスベガスからグランドキャニオン、モニュメントバレーを巡るグランドサークルの標準コースを爆走。まばたきするのがもったいないぐらいの景色が続き大興奮。すっかりグランドサークルのとりこになってしまいました。グランドキャニオンの雄大さとモニュメントバレーの不思議さに圧倒された。
1981年12月・1993年7月・2001年3月・2018年5月 のんびりハワイ編
初めての海外旅行がハワイで強烈な印象が残っている。地球にはなんて素晴らしいところがあるんだ!と感動したものだ。ワイキキビーチでもハナウマ湾でもノースショアでもどこでものんびりできる。常夏の島、ハワイだ。ハワイ島には島とは思えない雄大な景色が広がり、マウイ島でもハレアカラやラハイナという素敵な場所もある。何度行ってもいいものだ。
2003年8月 ワンダフル!サンフランシスコとヨセミテ編
5年ぶりのアメリカ本土だ。サンフランシスコの街並みは噂どおりに美しかった。ゴールデンゲートブリッジも間違いなく美しい橋だ。サンノゼでは友人に会い、こんなところで暮らしてみたいという思いが強くなる。そして、ヨセミテ!雄大な景色もいいが、マーセド川で川遊びの気持ちいこと!のんびりと滞在するには絶好の公園であるが、クマには注意を!
2003年11月 やっぱりすごいぞ ニューヨーク・マンハッタン編
初めての東海岸、しかもニューヨーク。アメリカ横断ウルトラクイズを見ているときから行きたかった街だ。マンハッタンを歩いているだけで、気持ちも体もキリっとなるのは気のせいか。摩天楼と言われるだけあって、そこかしこに高層ビルが林立している。やっぱり仕事ではなく、遊びで行きたいものである。しかし、グラウンドゼロでは心が痛んだものだ。
2004年8月 4380キロ走破! 再びグランドサークル編
6年ぶり再びグランドサークルへ!ロサンゼルスからラスベガス、そしてグランドキャニオン・ノースリム、モニュメントバレー、そして再びグランドキャニオン・サウスリムへ。1度の旅でグランドキャニオンを北と南から見ることが出来幸せであった。しかし、ちょっと無理して運転したので総走行距離はなんと2737.9マイル(4380Km)!かなり疲れました・・・。
2005年8月 カナディアンロッキーとグレイシャー&ウォータートンレイク編
初めての地、カナダ!夏は日本人に大人気のカナダ!そりゃ気温が15度ぐらいなんだから、かなりすごしやすい。人気もあるはずだ。せっかく行くんだからと、バンフ、レイクルイーズを中心としたカナディアンロッキーと、カルガリーから南進し、ウォータートンレイクや国境を越えてモンタナ州のグレイシャーまで行ってきた。13日間というかなり長〜い旅行でした。
2007年8月 3回目のグランドサークル編
両親にモニュメントバレーを見せたいという思いと、グランドキャニオンとモニュメントバレーに行きたいという思いで3度目のグランドサークル旅行。定番以外にも、セドナ、メテオクレーター、キャニオンデシェイにも行くことが出来た。ラスベガスに降り立ったときの興奮は何度行っても同じだ。最後は飛行機に乗り遅れて延泊になるというおまけつき。
2014年8月 ニューヨーク・ワシントン+カリブ海(バハマ)編
アメリカにビザが導入されたの?というぐらい久しぶりのアメリカ。Estaを取得するところから始める。家族の要望により、ニューヨークの自由の女神が見たい、ワシントンでホワイトハウスの前で写真撮りたい!というのを実現し、都会だけでは面白くないので、一番行きやすいバハマを間に入れる。詰め込みすぎた旅であるが、満足度は高かった。
2015年4月 ワシントンD.C アトランタ セドナ・グランドキャニオン・モニュメントバレー
アメリカのうちの会社に視察に行った。視察はどれも目を見張るものばかり。さすがアメリカ。最後がアトランタで、コカ・コーラを見学した後、その帰りにフェニックスから入る。セドナ、グランドキャニオン、モニュメントバレーとドライブして、最後はラスベガスへ。948マイル、1,500キロ走破。
2016年12月 レイチェル&モニュメントバレー
どうしてもモニュメントバレーに行きたくなった。サンフランシスコからラスベガスへ入り、そこからレイチェルにより、ザイオンを通りモニュメントバレーまで。そこから足を延ばしてキャニオンランズとアーチーズへ。最高の天気で最高のドライブとなった。空気が澄んでいてとても気持ちがいい!1,539マイル、2,400キロを走破。
2017年10月- 中南米編
ペルーとアルゼンチンを起点に南米各地を回る旅。南米は同じような国ばかりと思っていたが、回ってみるとそれぞれ特徴があっておもしろい。欧州系のアルゼンチン、インカ系のペルーのほか、欧州系と風光明媚なチリ、美人が多いコロンビア、のどかな田舎街のウルグアイ、さらにのどかで常夏のパラグアイとさまざま。これからももっと回って南米のいろんな地域を感じたい。
 
2019年10月 レイチェル×2&モニュメントバレー
またまたアメリカグランドサークルに行きたくなった。レイチェルとモニュメントバレーにしか興味がなくなってきている。無料航空券を探しているとサンノゼがあったのでそこを起点に考える。サンノゼからヨセミテを通ってからネバダ北部を爆走するルート。ラスベガスかフェニックスから帰るパターンも考えたが、レイチェルを2回通ってサンノゼから帰国することにした。今回も走りに走った。
 
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【アメリカの国立公園データベース】
今までに行った国立公園をまとめてみました。



【アメリカでの運転準備編】
海外で運転するには準備が必要!そのために準備すべきことを記載しています。
海外で運転をするための準備編



【アメリカこだわりの街】
かなりマイナーであるが、個人的にこだわっている街がある。そんな街を3つ紹介する。

ネバダ州 レイチェル (Rachel)

1998年9月、2004年8月、2016年12月、2019年10月(往復で2回)
ラスベガスから車をとばすこと3時間弱、荒野の真ん中にエリア51とUFOの街、レイチェルがある。人口わずか90名だがUFO研究家の間ではかなり有名らしい。レイチェルの山向こうにはネリス空軍基地があり、そこにはロズウェルで墜落したUFOから引き上げた宇宙人を隠している噂がある!?前の道はExtraterrestrial Highwayと言われている。何故かネバダの荒野の真ん中にある、人口90人のこの街が気に入った(2010年は54人)。ネバダを走っていると何も聞こえない状態が続くときがある。空は澄み切っているんだが、何故か不気味だ。まるで宇宙人に監視されているような錯覚を覚えるときがある。

レイクラスベガス⇒レイチェル I515、I15を経由して、93号、375号を通りレイチェルへ。173マイル(277km)、2時間50分。
北回り Tonopah⇒Rachel 107マイル(171Km)1時間25分。 Rachel⇒Ceader city 176マイル(282Km)2時間30分


I15を離れると荒涼とした砂漠地帯のなかにまっすぐな一本道がある。車もほとんど通っておらず、かなり快適に走ることができる。この道は今まで走ったアメリカの道のなかでもかなりお気に入りの道だ。特になんてことないまっすぐな道なんだけど、ネバダの澄み切った空とはげた山、そして砂漠という何とも荒れた景色がたまらなく好きだ。そんな私はちょっと心がすさんでいるのか!?

 
 
(右)I15号から93号に入ったところ。レイチェルへの期待が膨らむところだ。なお、道は飛ばしやすいが、気をつけないとたまにパトカーがいる。捕まっている車を1台発見した。

375号は「Extraterrestrial Highway」と言われており、直訳すれば「地球圏外の道」「宇宙の道」であり、要はこの道ではUFOがしばしば目撃されるためにこのような名前がつけられた(ネバダ州交通局のネーミングによる)。また、375号が走っている西側の谷にはネリス空軍基地があり、そこにはニューメキシコ州のロズウェルに墜落したUFOから運ばれた宇宙人がいるという説がある。その場所がエリア51といわれているところで、いろんな映画でも取り上げられている。エリア51は、もともとアメリカ空軍の偵察機等の秘密実験施設なのであるが、ロズウェル事件依頼、宇宙人研究家には大変有名な場所となった。そんなこともあいまって、この道には「未知との遭遇」を感じさせるものがあり、93号とともに、375号の雰囲気は私はかなり気に入っている。なお、私の場合、UFOだの宇宙人だの、存在するか否かはどうでもいいことで、この道の雰囲気に魅了されているといっていいだろう。

 
(左)375号に入るあたりからこのようなエイリアンの絵を描いた看板が目立ってくる。雰囲気がでてくるというものだ。
(右)375号の入り口。ここからレイチェルまで40マイル、約50分。2019年10月にはこの看板が無くなっていて寂しい。

そして、375号沿いにあるレイチェルという街はエリア51研究所というものもあるし、宇宙人で売り出しているガソリンスタンドやバー、モーテルなどもあるため、エリア51やUFO、宇宙人といったものをひっくるめて有名な街なのだ。なお、98年に行ったときはエリア51研究所は営業していたが、今回は閉まっていた。研究所の雰囲気からすると、店じまいしたような感じであった。昔はなかでいろんなグッズや研究本などが販売されており、それを見るだけで面白かったんだが、残念である。気を取り直して98年にもいった隣のガソリンスタンド+売店に寄ってみた。売店はいるとエリア51研究所で販売していたようなものが少しだけおいてあり、思わずTシャツを買ってしまった。
そして2016年12月に訪問したときは、ガソリンスタンドも閉鎖され、表通りだったところはほとんど家がなくなっていた。なんとも寂しい感じであるが、最後の砦のバーとモーテルだけは開いていた。ここだけはなくなって欲しくないものだ。ただ、新しい碑がたっており、以前は鉱山で栄えたらしい。それが閉鎖されてからは人がどんどんいなくなっているが、コミュニティは維持されているとあった。2019年10月は3年前と風景は変わらずだった。モーテルのレストランに今回も入らなかったが、次回は昼間に行ってコーヒーでも飲みたいものだ。



 
(左)2004年撮影。この山を過ぎるとレイチェルは近い(もうひと山越える必要あるが)。中央に見える道はネリス空軍基地に向かう道だ。98年はこの道を30分ほどいった基地入り口まで行ったが今回は断念。
(右)ついにレイチェル到着!2016年にはRachelの看板は新しくなっていた!ここは標高1500メートルと結構高いところにある。


レストランと
モーテルである。UFOやら宇宙人やら見るだけで楽しませてくれる(2016年)。2019年も同じ。


これがレイチェル唯一のガソリンスタンドだ!2004年には、奥の建物には雑貨のほか少しの土産ものもおいていた。気のいいおばあちゃんがいていろいろと説明してくれた。98年にはここでガスを入れたが、なんとなくガスが漏れているような気がした。どうもあのときのままだったので、ここでガソリンを入れる勇気はなく、帰り道のアラモ(ALAMO)で給油したものだ。そして右は2016年だが、廃屋となっていた。2019年も同じ状況だった。




上左の写真が、98年のエリア51研究所だ!そして2004年は上右だが、建物が黄色から緑に、そしていくつか立っていたアンテナがなくなっている。やっぱり閉鎖されたのか!?
下の2枚が2016年だが、もう面影すらない。中をみるとジムになっていた。あたり一帯の家もなくなっている感じだった。


レイチェルに関する案内板が2つあった。昔は鉱山があったようで人が住み始めた。1978年に街が作られたが、1988年に鉱山が閉鎖されてからは、人が街から離れたが、街は維持されたようである。


(左)2004年にレイチェル近くの山から撮影したもの。中央の緑に見える部分の右下がレイチェルの街。荒野にぽつんとある集落といった感じだ。人口は50人ほどというから驚き。人間はたくましい、こんな荒野の真ん中でも生活ができるのだ!
(右)レイチェルからもさらに道は続く!この次の街まで62マイル(約100km)もあるのだ!

 
(左)レイチェルから20マイルほどラスベガスに引き返したところにこの通称
「ブラックメールボックス」がある。これはレイチェルからネリス空軍基地にいくときのダート道に入る目印になるものだ。375号沿いにこのメールボックスを見つけたらダート道に入る。するとネリス空軍基地、つまりエリア51にいけるというわけだ。ちなみに、昔は黒だったが、今は白く塗り替えられている(2004年)。ダート道に入ってまっすぐ行けばネリス空軍基地の入り口にいける。もちろん基地に入れば罰金をとられるし、こわーい監視員が常時いるから、入れるわけがないが。
(中)2016年にはもはや跡形もないぐらいゴミ捨て場になっていた。
(右)2019年には数週間前にTwitterで呼びかけがあり、ネリス空軍基地前に3000人ほど集まったようで、その余韻か、緑の宇宙人(ビニールの)が飾られていた。

なお、エリア51を遠くから見ることができるこのポイント(Tikaboo Peak)がある。そこに行くにはレイチェルに行くまでの途中の道をそれたところから1時間以上歩かなくてはならない(私はいけませんでした)。

エリア51に関するWebはかなり多い。航空写真ならこれこれなんかがいいし、こんなツアーもあるようだ。エリア51研究所のWebサイトもあったんだが、再び見つけることができなかった。見つかればアップしときます。なお、当時このWebで情報収集したんですがAliens on Earth、これで見ると、Area51 Research Centerのページが見つからない


○アラモ(Alamo)Windmill Ridge
2016年12月はラスベガスから入ったがレイチェルまでの時間を稼ぐためにアラモに宿泊。ラスベガスでレンタカーを借りてI15を通り93号をひたすら北上する。思っていた以上の街でり空港もあるが、その街の北外れのホテルに宿泊した。レストランがあり地元の客で賑わっており、ホテルはコテージ形式になっている。カップラーメンを食べるためにお湯をもらったが従業員もフレンドリーでとても快適なホテルであった。
ラスベガス → 93号との分岐 39マイル(1時間40分:ラスベガス通りを通ったので時間がかかった)→Alamo(ラスベガスから117マイル、約3時間)
2019年もホテルは営業していたが、Bookingcomでは予約できなかった。



アリゾナ州 ケイエンタ (Kayenta)
この街が大好きだ。人口は約5000名。この街には160号と163号の交差点がある。163号を北上するとモニュメントバレーがある。そう、モニュメントバレーの玄関口となる街だ。モニュメントバレーにはゴールディングスロッジしかホテルがないため、モニュメントバレーで泊まらない人はケイエンタで泊まることになる。ホリディインやベストウェスタンがあるのだ。ただ、98年の旅行で途方に暮れたときに泊まらせてもらったナバホ族の民宿のようなところにも泊まれるようだ。

この街の何が好きなのかというと、西からくるとモニュメントバレーの看板が始めて出てくる街であり期待が膨らむということと、ナバホ族の街でこじんまりとしており平和を感じること、だろうか。また、交差点の手前にバーガーキングがある。そこにはナバホの昔ながらの住居を展示してあるし、太平洋戦争時に活躍したナバホ族に関する展示がある。そして、子供が遊べる滑り台などの遊び場がある。そこで、子供たちは存分に遊んでいたものだ。そんなケイエンタの街がかなり好きである。

2004年8月 グランドキャニオン・ノースリム⇒マーブルキャニオン・ナバホブリッジ(91.9マイル(147Km)、2時間25分)⇒ケイエンタ(Kayenta)(141.4マイル(226Km)、2時間40分)  (67号でジャコブレイクを右折、89号をしばらく走る。コロラド川を迂回するようにナバホブリッジを通り南へ。160号で左折しあとはまっすぐでケイエンタへ)

2015年4月 フェニックス⇒セドナ(123マイル、2時間10分)⇒グランドキャニオン・サウスリム(118マイル、4時間:途中フラッグスタッフに立ち寄る)⇒ケイエンタ(151マイル、3時間15分)

2016年12月 レイチェル⇒ザイオン・スプリングデール(230マイル、4時間)⇒ペイジ(114マイル、2時間)⇒ケイエンタ(105マイル、1時間30分)

 

 

バーガーキング前の道は160号だ。この先の交差点を左折するとケイエンタの街がある。外には昔ながらの馬車や住居の展示、中にはジャングルジム(これはどこのバーガーキングにもあるが)、そして太平洋戦争時に関係する資料がある。そこの説明では、「この展示は第2次世界大戦に参加したナバホ族の暗号部隊の活躍の歴史を展示したもので、なんら反日感情を持つものではありません。」と日本語で書かれていた(2016年にはその注意書きはなかった。)第二次世界大戦時に、ナバホの言葉は複雑であり、日本軍が解読できなかったので、アメリカ軍が暗号に使っていたようである。

なお、ケイエンタとモニュメントバレーの間には163号が走っているが、片道約30分かかる。この道は今まで何往復しただろうか。98年にはゴールディングスで宿が予約できてなくてあえなくケイエンタに引き返して、翌日またモニュメントバレーに行ったので1.5往復、そして2004年はゴールディングスで夕食を取れなかったため、わざわざケイエンタのホリディインに来て夕食をとったため1.5往復、2007年も1.5往復したし、2015年は1往復、2016年は2往復した。かなり景色のいい道なので、何回行っても気持ちがいいものだ。

 
(左)バーガーキングから西は、ツバシティ、グランドキャニオン、そしてペイジにも行ける(2007年撮影)。
(右)交差点から西方面。ここをずっといくとフォーコーナーや、キャニオンデシェイに行ける(2016年撮影)。



左が98年に途方に暮れたときに夕食を食べたとき。バーガーキングの並びにある。右は2016年も健在で、繁盛していたのが嬉しい。

 
左が98年にお世話になったナホバ族の民宿。アットホームな感じ。2016年に同じところを捜索したものの、20年も経っているのでさすがにわからなかった。それでも、同じような家がいくつかあったので、そのなかでコーナーにあった家を撮影。ナバホのみなさんの生活に少し触れた気がして嬉しい。

98年には、モニュメントバレーのゴールディングスロッジに泊まるつもりが予約できてなかった。そこで泣く泣くケイエンタに戻りかなり迷走したものだ。ベストウェスタンホリデーインに行ってみたが、当然ながらどっちも満室。野宿覚悟か!と思っていたらガソリンスタンドに民宿紹介の名刺があった。すがる思いでそこに電話すると、今日泊まれる民宿があるとのこと。ラッキーだった。このあたりはホテルが少ない分、そんな民宿が沢山あるらしい。まさに民宿で、おそらくナバホ族のご家族であった。非常に親切、丁寧に対応してくれて、心休まる瞬間だった。





カリフォルニア州 ニューベリースプリングス (Newberry Springs)

ロサンゼルスからラスベガスに向かう途中、インターステート15号はほとんどほとんどが荒涼とした砂漠地帯を通る。そんななか立ち寄りたいのがここだ。ここは「バクダッドカフェ」という映画の舞台となったところだ。嫁はんがこの映画の大ファンということで立ち寄った。ストーリーは、砂漠の真ん中にある何の変哲もないこのカフェに、あるときドイツ人女性ジャスミンがやってくる。カフェの隣にあるモーテルに何故か長期滞在しつつ、このカフェを盛り上げていくのだ。カフェを切り盛りする黒人女性は、グータラ亭主や言うことを聞かない子供たち、そしてカフェに住み着いている画家などに囲まれていらだちながらも、このドイツ人女性とやりとりしていくうちに、次第に打ち解けていくというものらしい。ちなみに私はこの映画観ていないので(-_-;) 特に感動というほどのものではなかったが、映画のポイントになる黄色い水槽タンクが取り外されていたのが彼女は残念だったようだ。

ロスから2時間30分、2つの大都市のちょうど中間地点にあるため休憩によるのもいい。荒涼たる砂漠のなかにカフェとモーテルがポツンとあり、また、ここはルート66沿いのため、ノスタルジーを感じながら走るのもよい。

ロサンゼルス国際空港⇒ニューベリースプリングス I105、I605、I210でようやくロサンゼルス都市部を抜けI15に突入。バーストー経由でI40。160.1マイル(256km)、2時間30分。

  
(右)これがバクダッドカフェだ!営業中であったが、子供が車内で熟睡中により入れず!なお、この左手にモーテルがあったが、今はアパートとして使っている
らしく、残念ながら泊まることができない。

ちなみにこのあたりは「ルート66」が走っている。ルート66はイリノイからカリフォルニアまで走っている、かつてのアメリカの大動脈だ。いまやインターステートが発達したため、すたれているものの、ドライブファンにはそののノスタルジックな雰囲気がたまらないのだ。
ちなみにルート66に関するWebにはこんなんこんなんがあるようだ。私もいつか走破するかな!?

 
(左)バクダッドカフェの前にはこんな看板もあった。このカフェの前の道がルート66である。
(右)I40号のニューベリースプリングスICを下りるとこんな看板があり旅情を誘う。


華氏と摂氏対比表
°C=(°F-30)÷2
華氏  摂氏 
 100°F 37.8°C
 90°F  32.2°C
 80°F  26.7°C
 70°F  21.1°C
 60°F  15.6°C
 50°F  10.0°C
 40°F  4.4°C
 30°F  ▲1.1°C
 20°F  ▲6.7°C
 10°F  ▲12.2°C
 0°F  ▲17.8°C


日本での距離
東京→名古屋 350Km
東京→大阪  500KM
東京→高松  690Km
東京→広島  810Km
東京→福岡 1,100Km
東京→熊本 1,360Km



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